オフィス改革をどうマネジメントするか

専門誌OEの連載第8回が掲載されました

ワークプレイスコンサルティングの現場から
-第8回-

PDFバージョンはコチラ

DOUMA代表
小澤清彦

オフィスの改革をマネージメントする

ほとんどの組織のマネージャーやスタッフはすくなくとも観念的には変革に対して馴染みがある。市場戦略の大幅な見直し、早期退職制度、企業内ベンチャーなどの変化は、当たり前になっている。しかし、個人のワークプレイスは、社員が自分でコントロールできると感じられる数少ないビジネス領域なのだ。それを改悪した場合には、社員たちは毎日、そのことを目の当たりにし、不満を感じることになるだろう。
人々は自分が働く場所に関心が高い、その理由は業務の生産性への影響以上のものがある。働く場所は、社員個人および職業人としてのアイデンティティーの中核部分であり、組織上の立場認識に多大な影響をもつ。役職と共に個室オフィスを与えられることが重要なモチベーションになっているケースは少なくない。こうした深層の感情的な問題もからむため、ほとんどの会社は効果的なワークプレイスの変革に失敗している。やっと最近になってワークプレイスの変革をどうマネージメントするか、つまりチェンジマネジメントに注意が向き始めたと言ってよい。
ワークプレイスの変革とその他の組織的変革の違いは、通常、新しい給与体系や組織変更を受け入れるのに社員たちは行動を変える必要が殆どないということだ。新しいワークプレイスの恩恵を享受するには、新しい考え方に基づく働き方の変革が必要である。馴染みのある島型対向並列のデスクレイアウトからよりオープンで多様なオフィスへの変革が従来の企業文化を破壊することもあり得る。「仕事」というものは何百ものありきたりの行動をいつどこで行うかについての選択の集積によって形成されるという側面を持つ。その殆どは、明文化されてはいないが暗黙の了解が成立している業務行動であり、例えば、部長席に相談に行った時の立ち位置や距離感には定式化した不文律が存在する。こうした業務行動の規範がオフィス変革によって不明確になるという影響が生まれるのだ。前回説明したようなアクティビティーベースプランによる多様な「場」を持つオフィスになった場合、電話や即興の打合せなどに相応しい「場」が用意されていたとしても、経験のない「場」での行動に居心地の悪さを感じ、同僚から自分の行動をどう見られているか、そもそも“自席”に居ないことで仕事をしていないと思われるのではないかなどの不安から、新しい「場」が活用されないという反応が起こることもある。従って、マネージャーたちが、企業文化の変革と物理的な環境の変革に主体的に関わることが何よりも重要である。
会社は業務刷新に多大な資本を投下するが、新しい施設にはさらに多くのお金をかける。その理由は実に多様で、社員数の増加や新技術への対応、コミュニケーションやコラボレーションの向上、企業イメージの変革、オフィスの占有コストや運用コストの削減、人材の確保と定着率の向上、顧客あるいはサプライヤーとの近接、より柔軟でダイナミックな環境の創造などがある。しかし、もし社員が新しいワークプレイスの有効活用に主体的に取り組まなかったとしたら、会社にとって甚大な損失になるだろう。効果的なワークプレイス戦略の実践には、新しい物理的環境が示唆する新しい働き方を理解し受け入れる人々が必要なのだ。ワークプレイス戦略に人々を巻き込む為の施策としては、多くの会社やマネージャーが難しいと感じていることをあえて実行することが有効である。それは、変革を推し進める要因について正直に明示することだ。

変革を推し進める要因

ワークプレイスの変革を推進する要因リストの上位にはコストの削減がある。グローバルな市場における激しい競争にさらされている現実の前には、業務中の僅かな時間しか使われないエグゼクティブのための大きな個室だけでなく、外回りの営業職のための小さなワークステーションでさえ、希少な会社の資源を無駄にしていることになる。これが、ホテリングオフィスを推進する経済上の理由であり、この施策を進める企業はこの点についてハッキリと公言すべきだ。
アクティビティーベースのデザインも別の意味で効率を追求している。人々が実際どのように働いているかを分析してわかったことは、二つあるいは三つの業務活動を並行して行うことはほとんど無いということだ。電話で話をし、レポートを書き、誰かと打ち合わせするという事が同時進行することは無い。しかし、過去100年以上もの間、オフィスはその日の仕事の全てが同じ場所で行われ、あたかも同時進行しているかのような前提でデザインされてきた。時間軸に沿って場所が変化するというコンセプトは存在しなかった。今後はそのような訳にはいかない。会社はワークプレイスをより緩やかに機能連携したシステムとしてとらえるようになっている。最低限のデスクワークに必要なものが備わっている小型モバイルデスクでさえ、インフォーマルな休憩コーナーやオフィス内のライブラリーや会議室などの多様なオフィス機能とリンクしているのだ。この連携は、ワーカーの移動や情報の電子的共有によって成立している。オフィスを多様なアクティビティーの受け皿とするデザインは、人々が実際にどう働いているかを反映させた環境づくりという知的生産性を重視した新しい考え方に基づいており、結果としてよりスペースの有効活用を促進させる。働き方を無視した効率化は、社員のモチベーションを上げることはない。
ワークプレイスの変革が、コスト削減とコミュニケーションやチームワークの促進などの理由で推進され実現されるのは容易に理解できる。しかし、フロアー面積を削減したオープンオフィスやオフィス内外でのモバイルワークの推進とフリーアドレスなどの解決策が、ステータスや個人のアイデンティティー、専門職の特権などを奪い取るものと見なされる場合には、誰もが抵抗するだろう。
ワークプレイス変革のマネージメントとは、詰まるところ社員にこの変革が会社だけでなく社員個人にとっても有益であるということを、事実として信じられるようにするプロセスを創造し、実行することだと言ってよい。

執務席に隣接する打合せスペースで即興の打合せ

カウンター席で気分を変えて個人作業

多目的ホール、昼はランチスペースとして社員同士が交流

ソファタイプのカジュアルな打合せコーナーで気軽に同僚と会話

オープンエリアの大型スクリーンを囲んでグループミーティング

リフレッシュエリアでくつろぎながら相談

変革の実践

いつ、どこで、どの様に働くかについての変革を社員に受け入れさせるという試みは宇宙工学のように難解ではないが、明確な解決策がないという点においては、さらに困難かも知れない。新しい技術の検証には曖昧なところがない。上手くいく場合は、常に上手くいき、上手くいかない場合は、手も足も出ない。技術を正しく応用するにはお金がかかるが、修正の方法はある程度わかりやすい。正しいボタンを押せば、あっという間にデータのミスが修正されるようなものだ。人の感情はもっと移ろいやすい。傷ついた自我、傷心、疎外感、怒り、無気力などの感情が爆発するのを回避するリセットボタンなどは存在しない。
人柄は言うに及ばず、年齢、性別、経験、人種、学歴、年収、ライフサイクルやライフスタイルなどがばらばらの集団に対して、新しい働き方を受け入れさせる最善の方法は明らかではない。その大きな理由は、複雑な生態学的システムで常に見られるように、要因の組み合わせとその関係性が同じ条件ということは決してないからだ。ただし、ワークプレイスの変革をマネージメントする上で以下の点は、常に留意する必要があるだろう。

 

  • 1. 公式の説明会や文書だけに依存してはいけない。また、すでに話してあるからといって、再度話す必要はないと考えないこと。
  • 2. 変革を進める上で最も影響力のあるキーマンが、公式の変革チームに所属しない場合もある。
  • 3. 変革のマネージメントは移転とともにスタートし、その後新しい場所に馴染んだ時点で終了するものと考えないこと。それは、変革プロジェクトの開始とともにスタートし、移転後も継続する。
  • 4. デザインの見栄えやIT技術に目を奪われて、文化的な課題を短絡的に捉えないこと。

 

今年コンサルティングをさせていただいたパナソニックグループ関係会社のオフィス移転は、引越後も継続して変革を推進しているプロジェクトの好例だ。成功の理由は、物理的オフィス環境ではなく、「働き方の変革」を中心に据えた経営者の見識とワーカーの意識の高さである。デザインのプロセスに社員を巻き込むことはオフィス変革への参画意識を生む。しかし、中長期的な企業文化や働き方の変革に社員を巻き込むには、高い志が必要である。ワークプレイスの変革を通じた働き方の進化を実現することは、多大な労力を要するが、企業にとっての見返りは大きい。(写真参照)

パナソニック ファイナンシャル&アカウンティングプロパートナーズ(株)本社の多目的ホールでオフィスコンセプトを説明する筆者

小澤清彦(おざわ きよひこ)
ハーバード大学大学院設計学修士、早稲田大学理工学部健陸学科大学院修士、早稲田大学理工学部建築学科卒。
ドウマ㈱代表取締役社長、一級建築士、認定ファシリティマネジャー
100件以上の外資系および日本企業のオフィス企画、インテリア設計に従事した経験と世界的建築家シーザー・ペリやレンゾ・ピアノとのプロジェクト経験を合わせ持つ。
綿密なサーベイに基づくプログラミングとデザインに対する深い洞察を含むワークプレイスコンサルティングにより企業に変革をもたらすオフィスづくりを提案している。

Pocket

Related Posts