専門誌OEに連載第9回が掲載されました
ワークプレイスコンサルティングの現場から
-第9回-
DOUMA代表
小澤清彦
表面に表れる努力だけでは不十分
チェンジマネジメントと総称されるオフィスを通じた変革のための活動は、多くのリソースが費やされる。昨年チェンジマネジメントを担当させていただいた日本マイクロソフトのオフィス変革においても組織の多様な階層へのコミュニケーションプランが策定された。
専門誌OEに連載第9回が掲載されました
DOUMA代表
小澤清彦
チェンジマネジメントと総称されるオフィスを通じた変革のための活動は、多くのリソースが費やされる。昨年チェンジマネジメントを担当させていただいた日本マイクロソフトのオフィス変革においても組織の多様な階層へのコミュニケーションプランが策定された。
チェンジマネジメントのコミュニケーションプラン
オフィスコンセプトを啓蒙するメールマガジン
一般的に、変革のマネージメントには、少人数のワークショップ、社員へのインタビュー、オフィスコンセプトを解説するニューズレターの発行(図表上:チェンジマネジメントのコミュニケーションプラン)、収納削減キャンペーン、フィールドサーベイなど多岐に渡るコミュニケーションが必要になるが、それらは、簡単に実施できるわけではなく、その企画立案と実行にはスタッフの任命、または外部のコンサルタントにアウトソースしなくてはならない。社員が変革を円滑に進めるためのプログラムに参加し、その成果を享受するためには彼ら自身の本業の仕事時間を割くという犠牲も必要になる。一方、ほとんどの会社では、コラボレーションを促すオフィス、フリーアドレス、チーム主体の働き方といった新しいワークスプレイス戦略が気に入らないからといって、社員がやめることはない。表面的には新しい環境に馴染んでいるように見えるという事実は、経営者に何故変革を円滑に行うための計画に時間と労力を費やさなくてはならないのかという疑問を抱かせるかも知れない。
しかし、人々が会社を辞めなかったとしても、悪影響がみられることは明白だ。社員が新しいワークスプレイス戦略について何時間も同僚と不満を言いあうことは、業務スピードや品質を低下させ、社外で家族や友人や仕事仲間に自分の会社につて否定的な話しをすることは、最も優秀な才能を採用することを難しくする。懸念すべきは、新しいワークスプレイス戦略を理解しない社員が、ささいな不具合を前向きに解決しようとせず、可能なら元の働き方に戻ろうとする場合、新しいワークスプレイス戦略の開発と実行に費やした時間、費用、努力が損なわれることである。
これらの社員の行動は、それ自体は大きな違いを生み出さない。しかし、何百人、何千人もの社員によって累積的に増幅されるとき、いずれその行動は企業文化に影響を与えるだろう。変革のプロセスを計画しただけでは実行に移されることは期待できない。社員自身が、変革によってどう変わるのか、何故そうしなくてはならないのか、その変革が自分にどう影響するかを理解する必要があるということだ。重要なのは、変革のプロセスのために投下した費用に見合う成果を得ることである。どのように変革をマネージメントすれば、時間と費用が無駄にならずに、新しいワークスプレイス戦略への抵抗が抑えられ、社員のやる気が引き出せるのだろうか。.
ライブラリー
オープンミーティング
オフィスグリーンと打合せカウンター
集中ブースとテレフォンブース
ハイテーブル
フリーアドレス執務席
新しいワークスプレイス戦略の詳細を詰めるために一般社員を巻き込むのは、最も重要な最初のステップである。それはデザインプロセスの一部として位置づけられるかもしれないが、実際は、変革のプロセスの始まりなのだ。社員の参画によって、最終のデザインが社員の生産性を上げるものとなる可能性は高まる。お金に見合う価値は、社員の働き方や会社に対する意識に実際的な変化を生み出すデザインプロセスとその具体的成果物に投資することから生み出される。
ワークプロセスの理解は、表面的な業務内容に注目するだけでは得られない。例えば、スタッフ社員は、単純なルーチン業務に終始するだけといった捉え方では不十分である。業務上の人間関係や心理的側面も業務内容の主要な部分と考える必要がある。営業パーソンとその支援スタッフにとっては、日常的な交流は円滑な業務にとって重要であり、退屈なルーチン作業にやりがいを与える要素にもなる。エンジニアにとって一番やりがいを感じるのは、自分の専攻分野における最も聡明で革新的な頭脳と交流する機会が与えられることだろう。社員同士の交流を踏まえたワークプロセスを軽視することは、単に快適さや便利さを損なうことにとどまらない、それは、組織全体を動かしている基盤を損なうことになる。
社員の参加を促すチェンジマネジメントを実行する際に重要なのは、社員の望む具体的解決策にとらわれるのではなく、彼らが如何なる理由でどういった働き方をしているのか、そして、どうすれば社員自身とチーム全体がより生産的かつ主体的になれるのかに注目することである。某コンサルティングファームのオフィス変革を実施した際、上級コンサルタントの個室を廃止しオープンエリアに席を設けるという提案に対して、彼らは当初懐疑的であったが、実際に働いてみるとコミュニケーションが大幅に改善された。上級コンサルタントは、新しいチームがどのような働き方を望んでいるのかを知り、その他の新しいオフィスの方策についても前向きな姿勢になったという経験がある。人は、前例のない解決策には消極的になる傾向があるが、社員参加型のプロセスがこの傾向を助長することは避けなければならない。
正しく実践すれば、社員を巻き込むことで業務プロセスの深い理解が得られるため、より良いデザイン上の解決を生むだけでなく、彼らが組織を強固にするための接着剤になってくれる可能性を生み出す。「正しく実践する」という意味は、組織の目標を明確にし、組織文化を強化し、人間関係の絆を深め、スタッフ社員と管理職の間に信頼を生み、すべての社員のモチベーションを上げるデザインプロセスを意図的に開発することだ。
これは、必要とされるデスクサイズから在籍する社員を収容するにはどの程度のスペースが必要かといったことを計算する通常の「数量的なプログラミング」を超えたものである。確かに、これらの物理的環境や人間工学の条件を正しく把握することは些細なことではない。それらを間違って設定することは、労力の無駄からセデンタリー・デス・シンドローム(座りすぎが死につながる症候群)まで、あらゆるコストを会社に強いる。しかし、数量的な問題は効果的なデザインプロセスの初期段階であり、最終段階ではない。それは必要だが充分ではないのだ。
ひとたび企業文化の精査が完了し、変革への障害や可能性について明瞭に把握できれば、ワークプレースの組織的生態を計画し構想するプロセスはより精妙で広範囲に渡るものとなる。現状の働き方やより賢く働く方法や自分達の仕事をどのように組織の意図する目標とリンクさせるかなどを社員同士で議論させることは、それ自体計り知れないほど価値のあることだ。これにより個人の活動がどのように全体の動きに合致するかが明確になり、組織および個人が競争力をつけるには実際何をすべきかに注意をむけさせることができる。こうした課題を議論する機会を設けることは、管理職側のコミットメントや一般社員への気遣いを社員に伝えるのに有効である。それは、ほとんどの組織が通常の人事や組織開発のプログラムを通じて多大なコストをかけながらも限られた成功しか得られない目標を達成する。
ほとんどのチェンジマネジメントにおける不幸な実態は、プロセスの中でチェンジマネジメントの登場する時期が遅すぎるということだ。しかも、チェンジマネジメントが導入されるのは、新しい環境づくりにほとんど実質的な参画の機会を与えられなかった社員の怒りや失望を緩和する必要にせまられてという場合が多い。新しいスペースを正当化する説明は、大抵明白なはぐらかしによって変革の本当の理由を隠すという内容になる。管理職側は社員が本当の理由を受け入れず、抵抗することを恐れているからだ。こうした抵抗を少なくし、変化への適応を促進しようとする努力は失敗する。社員たちは一斉に会社を辞めたり、暴動を起こしたりはしないが、自分たちの労力や責任感やモチベーションを多少控えるようになる。
だからといって、効果的な変革のプログラムを実施すれば、すべての社員を元気づけ、積極的にするという訳ではない。それは非常に難しい。すべての社員が既存の職場環境を非常に気に入っているということはあり得ないし、すべての社員が新しい職場環境を非常に気に入っているということもあり得ない。マネージメントにとって最も難しいことのひとつは、社員からの抵抗が、新しい職場環境に存在する機能的欠陥や不具合によるものか、新しいスキルの習得や組織の新しい管理方法や新しい働き方などを学ぶことを面倒だと感じているからなのかを見分けることだ。
もし、あなたが不動産またはファシリティーのマネージャーだとして、オフィスの必要床面積を30%削減したら、上司はあなたの努力を認め、報償を与えるだろう。しかし、小さな机を与えられ、フリーアドレスで固定席を奪われ、休憩室を狭くされた人々はどう思うだろうか。彼らにとってのオフィス縮小を受け入れるインセンティブは何だろう。「受け入れる」という意味は、変革に前向きに取り組み、ひとたび避けられない小さな問題が起こってもそれを解決することに意欲的で、変革に懐疑的な同僚を自主的に説得するということだ。
会社全体にとって好ましい変革は必ずしもすべての社員にとっても良い影響があるとは限らないし、またその逆もしかりである。しかし、良い変革プログラムは最良の社員たちに受け入れられ、会社が前進し発展するのに必要だとリーダーたちが信じる働き方を維持するための深い理解を反映したものである。つまり、業務に対する姿勢や行動を望ましいものに変えていくために、空間と時間をどうデザインし、配分し、マネージメントするかという理解に基づいているということだ。
1日の流を示すユーザーガイド
ワークプレイスコンサルティングの現場から
来るべき大変化を前に長期的価値を – 最終回
パフォーマンス向上をもたらすオフィスづくりのために – 第11回
参画意識を高める変革プロセス – 第10回
◆よりよいチェンジマネジメントのために – 第9回
ワークプレイスの変革をマネージメントする – 第8回
多様な業務環境の一連の繋がりを創造する – 第7回
チームの効率性と個室オフィスの存在意義 – 第6回
知識のネットワークを探求するオフィスデザイン – 第5回
高いパフォーマンスを生むワークプレイス戦略 – 第4回
企業ポテンシャルを最大限顕在化させるオフィスとは – 第3回
見えざる資産を見る目の大切さ – 第2回
何故か不人気なワークプレイスコンサルティング – 第1回
小澤清彦(おざわ きよひこ)
ハーバード大学大学院設計学修士、早稲田大学理工学部健陸学科大学院修士、早稲田大学理工学部建築学科卒。
ドウマ㈱代表取締役社長、一級建築士、認定ファシリティマネジャー
100件以上の外資系および日本企業のオフィス企画、インテリア設計に従事した経験と世界的建築家シーザー・ペリやレンゾ・ピアノとのプロジェクト経験を合わせ持つ。
綿密なサーベイに基づくプログラミングとデザインに対する深い洞察を含むワークプレイスコンサルティングにより企業に変革をもたらすオフィスづくりを提案している。